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お正月遊びといえば?日本の伝統ある遊びの由来や意味を解説!

2024.02.22

お正月遊びの由来や伝統などは、皆さんはご存知でしょうか。福笑いや百人一首、凧あげや羽根つきなど、簡単でありながらもかなり楽しく、いかにも日本らしい雰囲気のあるものばかりです。今回はそんなお正月遊びの由来や伝統などについて紹介していきます。

  1. お正月遊びの由来や伝統とは
  2. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:羽根つき
  3. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:凧あげ
  4. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:福笑い
  5. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:百人一首
  6. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:独楽まわし
  7. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:すごろく
  8. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:お手玉
  9. 伝統の簡単なお正月遊びの由来:けん玉
  10. お正月遊びの由来は意外なものばかり
1年の計は元旦にあり、ということわざがあるように、1年の生活や運勢を左右するお正月。テレビではお正月特番として数多く放送されており、子供たちは親戚の家などに遊びに行き、お年玉をもらっています。そんなお正月に行われる遊びの事を、お正月遊びといいます。現在のようにゲームなどが普及していなかった頃、子供たちは凧あげや福笑い、羽根つきや百人一首など、簡単な遊びを正月にして過ごしていました。そんなお正月遊びにも、実は由来があることをご存知でしょうか。日本の伝統の遊びとされているお正月遊びが、実は日本発祥ではなかったということも実はあるのです。今回はそんな日本の伝統であるお正月遊びの知られざる由来について紹介します。
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現在ではあまり見なくなったものの、お正月の象徴として多くの人に知られている羽根つき。実は中国が発祥だということをご存知でしょうか。羽根つきというのは一人で何回羽根つきができるかを競ったり、2人で羽根をつきあい、負けたら顔に墨を塗られるという遊びです。元々中国では羽根に硬貨をつけ、羽子板を使わずに脚で蹴り合うというのがもともとのスタイルでした。この羽根つきが日本に伝わったのは室町時代であり、羽根つきの羽根についている黒い物体はムクロジという植物であり、厄をはね、子供が無事に育つことを願うためとされています。そして顔に墨を塗るというこの罰ゲームも、そのためのおまじないという意味があるのです。決して遊びで他人の顔に墨を塗っているわけではありません。
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現在ではあちこちに電線などが張り巡らされており、凧あげをしただけで迷惑となる世の中になってしまいました。しかしそれでも田舎では、お正月に凧あげをするという風習がある地域もあります。この凧あげも実は中国から来ているのです。中国では凧というのは、占いや戦の道具として用いられていました。日本に凧あげが伝わったのは平安時代であり、当時は貴族の遊びとして広まりました。現在のような子供の遊びになったのは、江戸時代になってからです。江戸時代に年初めの男の子の誕生祝いとして凧あげがされたのをきっかけに、お正月の男の子の遊びの象徴という今のスタイルになりました。凧あげには願い事を凧にこめて、天高く飛ばすことで願いが届くように、という意味がこめられています。
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現在の子供たちは、おそらく福笑いという遊びを知らないという子供が多いはずです。そもそもどういう遊びか想像付かないという人もかなり多いはずです。福笑いというのはひょっとこやおたふくなどの目や鼻、口などのパーツを目隠しをしながら置いていき、仕上がりのひどさを笑うという遊びです。ルールはいたって簡単でありながらも、実際に行っている人はもちろん、その様子を見ている人も楽しむことができるのが、福笑いの特徴です。由来は笑う角には福来るということわざからきており、正月に簡単で楽しい福笑いをすることで家族全員で笑い、今年も福が多く来ることを願うため、とされています。かなり簡単であるため、ぜひ一度福笑いで遊んでみてはいかがでしょうか。
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お正月遊びの象徴である遊びの多くは中国から来ているものが多かったのですが、この百人一首は日本で生まれたお正月遊びです。元々は遊びというよりは、純粋に百人の短歌などを集めた、いわば作品集のようなものが、百人一首の由来です。鎌倉時代の歌人である藤原定家が選んだものがきっかけであり、その後天智天皇を始め、多くの歌人や貴族などが歌った和歌が百人一首として用いられており、百人一首で使われている和歌の多くは古今和歌集や新古今和歌集などに収録されています。現在の庶民的な遊びとなったのは江戸時代のことであり、家族全員で夜遅くまで百人一首を使ってかるたなどをすることが、正月の過ごし方です。
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昭和の子供たちの遊び道具として知られているこま。実はこちらもお正月遊びであるということをご存知でしょうか。こまというのは中国から伝わったものであり、唐から高麗というところを経由して伝わりました。こまが日本に伝わった当時は平安時代であり、当時は貴族の宮中における年中行事の余興として、貴族の遊びとして広まりましたが、平安時代の後期に子供の遊びとして変化し、江戸時代には庶民の遊びとして親しまれていました。ちなみにこまは木で作られているのが一般的ですが、元々は木ではなく貝殻を使って作られていました。そしてやがて木となり、さらにはプラスチックになり、真ん中に竜のような絵が描かれており、掛け声に合わせて競わせる競技として進化しました。
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すごろくなんて年中できる遊びなのではないのかと考える人も多いですが、実はこのすごろくもお正月遊びなのです。そしてこのすごろくという遊びは、子供の遊びの中では最も歴史のある遊びなのです。すごろくはインドで誕生し、奈良時代に中国を経由して日本に伝わりました。こちらも最初は貴族の間の遊びとして広まりましたが、江戸時代になり、東海道五十三次を進むすごろくや、出世すごろくなどの、簡単でありながらもかなり楽しい絵双六が誕生したことをきっかけに、一気に庶民の遊びとして広まりました。現在ではさまざまなすごろくが出ており、そんなすごろくの現在のスタイルともいえるものが、人生ゲームです。
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昔遊びとしておばあちゃんが教えてくれた、という人も多いはずです。現在では昔遊びとしてだけでなく、お手玉をベースとした大道芸などをするパフォーマーがいるなど、時代が変わっても愛され続けています。そんなお手玉ですが、現在は袋の中にあずきなどを入れたものが一般的でしたが、昔は水晶玉を使っていました。奈良時代に中国から伝わったお手玉は、水晶玉や石などを使っていたと聞くと、昔はかなりワイルドだったと感じる人も多いはずです。中にはたまたまお手玉に使った石が鋭利なものだとしたら、怪我したのだろうと考える人もいるはずです。現在占いなどで使いそうな水晶玉をお手玉として使うと、占い師から怒られるかもしれませんね。
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日本の伝統的な遊びであるけん玉。最近では海外でもブームが起こっており、日本の遊びであるけん玉は、いまや世界的な人気を誇っています。日本でけん玉というのは子供の遊びとして知られていますが、元々は大人の遊びであったことは、おそらく多くの人は知らないはずです。江戸時代、鹿の角に穴を開けたものに玉を付け、大人が遊んでいたのがもともとの遊びであり、現在のようなスタイルになったのは、それからしばらく経った大正時代です。けん玉についている赤い玉はご来光を表しており、江戸時代はめでたいおもちゃとして親しまれていました。現在ではけん玉の技を競うための道具であり、おもちゃとはいえ芸術的な技を繰り広げています。
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いかがでしたか。今回はお正月遊びの知られざる由来について紹介しました。日本の伝統のお正月遊びの象徴の多くは中国から来ており、そして日本に伝わったときは貴族の遊びとして広まったものが多いです。現在のような庶民的な遊びになったのは江戸時代であり、日本の伝統の現代のスタイルは江戸時代に確立されたものが多いです。現在では家庭用ゲームはもちろん、スマホの普及もあり、子供でもスマホを持ち歩くという世の中になってしまったため、このようなお正月遊びをするという子供はかなり少なくなりました。それでもその伝統を絶やさないかのように、現在でも伝統として多くの子供に親しまれています。
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サムネイル画像は下記より引用しました。
出典: https://rr.img.naver.jp/mig?src=http%3A%2F%2Fimgcc.naver.jp%2Fkaze%2Fmission%2FUSER%2F20131219%2F35%2F3057895%2F5%2F640x427x52ef7285d9ead5e4a8cb250a.jpg%2F300%2F600&twidth=300&theight=600&qlt=80&res_format=jpg&op=r