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マツダロードペーサー特集[1975-79]中古車販売価格や特徴を詳しく!

2024.02.22

マツダロードペーサーはマツダが1975年から製造販売していた、セダンタイプの車で、当時のマツダの歴史を物語る車でした。現存する中古車でも希少価値は高いと考えられます。そんなマツダロードペーサーについて、特徴や中古車価格など販売情報をご紹介します。

  1. マツダロードペーサーの誕生!
  2. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!①当時の車事情
  3. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!②ベース車とは!?
  4. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!③マツダロゴ!?
  5. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!④エクステリアについて
  6. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!⑤インテリアについて
  7. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!⑥エンジンについて
  8. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!⑦当時の販売台数と現在の中古車について
  9. マツダロードペーサー販売の歴史と中古車情報!⑧中古車情報!
  10. マツダロードペーサーまとめ
マツダのロードペーサーが誕生したのは、今から43年前の1975年の事でした。このロードペーサーは、マツダが初めて製造した3ナンバークラスの大型セダンでした。このロードペーサーは、当時のマツダのフラッグシップモデルとなっていました。
引用: https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/94/Mazda-ROADPACER_01.JPG/800px-Mazda-ROADPACER_01.JPG
ロードペーサーは、セダンでも高級セダンに位置づけられており、当時のマツダ車の中でも、最大といわれるボディが授けられました。ボディサイズの全長は初代センティアでしたが、ロードペーサーは全幅を中心に考えられた最大のボディを持っていました。
引用: https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c2/Mazda-ROADPACER_02.JPG/800px-Mazda-ROADPACER_02.JPG

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ロードペーサーが誕生した頃の日本国内では、富裕層向け最高級車として選択できるセダンは、トヨタのセンチュリー(現行モデルあり)、日産プレジデント(現在はシーマと一本化)に限定されてしまいました。さらに、センチュリーとプレジデントは、その地位を確固たるものにしていきます。
○トヨタ センチュリー
引用: https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/65/1967_Toyota_Century_01.jpg/800px-1967_Toyota_Century_01.jpg
○日産 プレジデント
引用: https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/62/Nissan_President_%281982%29.JPG/800px-Nissan_President_%281982%29.JPG
当時は経済成長まっただ中。高級車試乗が拡大する動きがあったことから、マツダ、三菱、いすゞが、高級車市場への参入を計画します。しかし、当時のこの3社には、企業体力や技術の関係で、独自で高級車を開発する力は備わっていませんでした。
引用: http://images.gofreedownload.net/mazda-logo-95076.jpg
引用: https://panasonic.jp/nanoe/case/case_automobile_img7.jpg
引用: http://www.carlogos.org/logo/Isuzu-logo-1991-640x106.jpg
そして、マツダを含む3社が目を付けたのが、オーストラリア製の乗用車でした。オーストラリア製の乗用車は、日本と同じ右ハンドルだったので、そこに目を付けました。そして、当時の日本基準に改良することで、マツダを含む3社は、高級車市場に参入していくことになります。
前述にもありますが、マツダ、三菱、いすゞの3社は、オーストラリア製の乗用車を輸入して高級車市場に参入しました。そして、マツダのロードペーサーのベースとなった車両は、オーストラリアのホールデンが製造していたHJシリーズ最上級モデルとなる「プレミアー」でした。
○ホールデン プレミアー
引用: https://gazoo.com/car/PublishingImages/596/596_o.jpg
プレミアーは、アメリカの高級車市場で見ると、中型クラスに当たるセダンでしたが、当時の日本国内の自動車レベルだと、十分に大型セダンとして通用するものでした。マツダはこの車両をベースにし、ホールデンと部品購入契約を交わしたことで、ロードペーサーは現実のものとなりました。
○ホールデン ユート(1951年)
引用: https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/04/1951-1953_Holden_50-2106_01.jpg/800px-1951-1953_Holden_50-2106_01.jpg
マツダのロードペーサーは、マツダ初の高級セダンとして誕生しましたが、実はkのロードペーサーには、付加される歴史もありました。というのも、現在の「mazDa」というロゴは1975年に誕生したもので、マツダの歴史上、初めてロードペーサーに採用されました。
引用: http://mazdafan.com/wp-content/uploads/2012/04/roadpacer2.jpg
ロードペーサー二は、マツダ初となるロゴの他、ロードペーサーを意味する「RP」という2文字が入ったバッジを、フロントグリル中央に配し、マツダロゴと合わせて、初めてロードペーサーに付けられたのです。ちなみにmazDaロゴは、現在もマツダのロゴとして使用されています。
引用: http://www.okura-auto.co.jp/rw/album/ra13l/image/rp000011.jpg
では、マツダロードペーサー、のエクステリアデザインについて触れてみましょう。ボディ形状及びボディデザインは、オーストラリアから輸入されたプレミアーのボディを、そのまま使用することになります。従って、基本デザインは、プレミアーとおなじものになっていました。
引用: https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/album/000/000/433/148/3809289/3809289.jpg?ct=b22a699332dc
しかし、ドアミラーなど、当時の日本の自動車基準に合わない部分もあったことから、マツダによって改良が加えられます。目が付く部分では、ドアミラー。当時の日本の自動車基準にドアミラーは認められておらず、ドアミラーを廃止し、フェンダーミラーに変更されました。
引用: https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/album/000/000/433/148/3809296/3809296.jpg?ct=b22a699332dc
○ロードペーサー ボディサイズ
全長:4850mm 全幅:1885mm 全高:1465mm

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インテリアについては、現代の高級セダンでは考えられないものが採用されます。それは、6人乗りの設定があったのです。ファーストシートをベンチシートにすることで3人掛けにし、リヤも3人乗れるシートであったため、6人乗りが設定されました。
引用: https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/userstorage/000/039/189/694/6bdf8e289b.jpg?ct=4e09224aac39
※画像は5人乗りのファーストシートです。
ロードペーサーは、5人乗りと6人乗りの設定があった他、トランク内に冷蔵庫が装備されるなど、現代のセダンからはおおよそ考えられないものが設定されていました。メーターパネルは四角形のものが採用されていましたが、後期型では丸形に変更されています。
引用: https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/userstorage/000/039/189/697/05bf1a0f86.jpg?ct=bf307cc3a484
↓トランクルームのは、冷蔵庫が設置されていまっした。
引用: http://mazdafan.com/wp-content/uploads/2012/04/roadpacer4.jpg
1975年に誕生したロードーペーサーですが、エンジンはロータリーエンジンが搭載されていました。このロータリーエンジンは、日産も開発していましたが、世界で初めて市販車用として成功を収めたのは、マツダだけでした。当時のマツダは、このロータリーエンジンをイメージリーダーとしていたのです。
引用: http://mazdafan.com/wp-content/uploads/2012/04/roadpacer3.jpg
しかし、ロータリーエンジンはスポーツカーでは大成功するものの、セダン車向けとしてはバストマッチとは言えなかったはず・・・。というのも、当時のマツダには、逆に6気筒、8気筒といった高級セダン向けのエンジンがなく、ロータリーエンジンを採用せざるおえなかったというのが、現実のようです。
引用: https://d1d7kfcb5oumx0.cloudfront.net/articles/images/5ac052e68fc11e6065683449/slide_DSCF4473.jpg
○ロードペーサー エンジンスペック
エンジン:13B型ロータリーエンジン
排気量:654CC×2
最高出力:135ps/6000rpm
最大トルク:19.0kgf・m/4000rpm
マツダロードペーサーは、ベース車の輸入やロータリーエンジンの搭載などにより、価格が高価格になってしまいます。これは、当時のトヨタセンチュリーや日産プレジデントを上回ってしまうものでした。さらに輸入車のデザインは、当時の日本ではあまり受入れられないものでした。
引用: http://www.okura-auto.co.jp/rw/album/ra13l/image/rp000001.jpg
このことが原因となり、ロードペーサーは販売不振となります。ちなみに販売台数は1975年が399台、1976年が240台、1977年が119台、1978年で36台、1979年では5台となってしまい、合計販売台数は、たった799台となってしまいました。
ということは、ロードペーサーの現存する車両はあるのでしょうか?ちなみにオーストラリアには現存するロードペーサーが3台あるとされていますが、日本においても非常に希少価値の高い車となっており、現在は現存車を探すことすら困難な状況だといえます。
○ロードペーサー新車時販売価格
5人乗り新車販売価格:371万円
6人乗り新車販売価格:368万円
※トヨタ初代センチュリーの新車販売価格:約200万円~240万円
ということで、ロードペーサーの中古車をご紹介します!と井kたかったのですが、1975年~1979年と4年間の販売実績があるにも関わらず、販売台数が少なく、現存数も不明なことから、中古車市場の情報を集めても、中古車が出てくることはありませんでした。
引用: http://www.webcg.net/mwimgs/f/c/-/img_fc24dda2a87c9f908656bc3c5b7c27c245128.jpg
となると、現存するロードペーサーを手に入れるには、オークションや個人売買に頼るしかなさそうです。それでも現存車や現存車の所有者を探すことも、困難を極めそうですが・・・。例え見つかったとしても、現存数の少なさから、どのくらいの価格になるのかも予想できませんが・・・。
引用: http://blog-imgs-48.fc2.com/n/s/a/nsadj0623/c85c.jpg

マツダロードペーサーのミニカー情報!?

1975年~1979年まで販売されたにも関わらず、中古車が見つからないので、ミニカーをご紹介しましょう!しかもミニカーなら、本物と違っていくら持っていても、税金や車検、ガソリン代やタイヤ代など、維持費は全くかかりません。
○First43 ミニカー マツダロードペーサー1975年式ブラック 1/43スケール
ネット価格:1900円~
引用: https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/hs-one/cabinet/20170329-1/3664512_1.jpg
○First43 ミニカー マツダロードペーサー1975年式ライトグリーン 1/43スケール
ネット価格:1900円~
引用: https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/plus1market/cabinet/2015_02_251-500/4895102320882.jpg
残念ながら、ネット等でロードペーサーのミニカーを探しても、1/43スケールの1975年モデルのミニカーしか出てきませんでした。それでも1/43スケールのミニカーだと、沢山あるようです。カラーはブラックとライトグリーンの種類があるようです。
販売台数から見ても、すでに幻となってしまいそうなロードペーサー。これから購入するには、困難な状況になっているといえます。それでも当時のマツダを代表する一台であるロードペーサー、一度は現物を目にし、触れてみたいものです。
引用: http://livedoor.blogimg.jp/debopacer/imgs/b/e/be87351f.jpg
サムネイル画像は下記より引用しました。
出典: http://mazdafan.com/wp-content/uploads/2012/04/roadpacer1.jpg